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2022-08-30 11:15:17
匿名さん
の質問
非公開
作品と作者/演者などは別物だと考えるべきなのかが知りたい
「作品に罪はない」という言葉もありますが、私の場合、何かあった人の作品は、以前のように心から楽しむことは難しくなってしまいます。音楽なら聴いている間ずっとその事が頭に浮かんでしまいます。
追記:自分の中で考えが整理された気がします!ありがとうございます!引き続き募集はしますので是非……
追記:自分の中で考えが整理された気がします!ありがとうございます!引き続き募集はしますので是非……
楽しむのは本人の自由
もし批評家なら作品と作者を切り離して論じるのは良くないけど、作品を楽しむことは自由。作者の手から生まれ落ちただけで、多くの場合作品自体に罪はないので、作者のことは気にしなくてもいいと思います。
自分は電気グルーヴの曲が好きです。
自分は電気グルーヴの曲が好きです。
個人的には分けて考えるべきだと思ってるけどなかなかそうはいかない
どうしてもね……
漫画家や小説家、脚本家、作詞作曲するタイプのアーティストとかだとその人の思考が作品に滲み出たりすることあるからうっ…てなることもある
それまでどんだけ好きでも無理かもと思ったら離れてもいいしな!くらいの気持ちでいた方がいい気がします個人的には
漫画家や小説家、脚本家、作詞作曲するタイプのアーティストとかだとその人の思考が作品に滲み出たりすることあるからうっ…てなることもある
それまでどんだけ好きでも無理かもと思ったら離れてもいいしな!くらいの気持ちでいた方がいい気がします個人的には
人格の完全性は期待してないが
最低限、差別主義者や重犯罪の前科等がなければわりと寛容なほうかなとは思う。
ドラッグとかも大して気にしてないし。
アーティストってそういう人たちでしょ。
まぁ標榜しているテーマ性と人格や行動が矛盾しているのはけっこう嫌だけど。
ドラッグとかも大して気にしてないし。
アーティストってそういう人たちでしょ。
まぁ標榜しているテーマ性と人格や行動が矛盾しているのはけっこう嫌だけど。
自由だと思う
自分も質問主さんと同じで何かあった人の作品はその人の不祥事が浮かんでしまうし、実際好きだった曲もなんとなく聴かなくなってしまいました。
離れる人は何も言わず離れるだけなので同じような人は沢山いると思いますよ。
離れる人は何も言わず離れるだけなので同じような人は沢山いると思いますよ。
感じ方は自由
「作品に罪はない」というのは出演俳優に問題があったとき配信を自重するテレビ局などに向けた「作品に罪を背負わせるな」という言葉であって個人がそう思うべきという意味ではないと思う。
ただ作品と演者を同一視しすぎるのも不健全だとは思います、作品の表現や演出と演者の本質はイコール関係ではないので
ただ作品と演者を同一視しすぎるのも不健全だとは思います、作品の表現や演出と演者の本質はイコール関係ではないので
無理に分けなくてもいいと思う
他人に強要しない、迷惑をかけない限り、どんなスタンスで作品を楽しむかは自由です。
分けて楽しめる人のほうが楽しめる作品は増えますが、辛い思いをしてまで楽しもうとするのは本末転倒なので無理だと思ったら離れるのがいいと思います。
分けて楽しめる人のほうが楽しめる作品は増えますが、辛い思いをしてまで楽しもうとするのは本末転倒なので無理だと思ったら離れるのがいいと思います。
難しいよね
例えば総合的な作品、映画や演劇だったら分けて考えられる、もしくは薄めて考えられるかもしれないけど、作者自身が密接に関わってる作品だとなかなか「これはこれ、それはそれ」とはならないよね 作品は作者の血肉そのものだし 自分も作者が気持ち悪くてもう聴けないなというバンドがあるから気持ちはわかるよ
あえて自分を苦しめる方向に考える必要はない
嫌いな人間の作品を無理して買い続けることを強要する言葉ではない