まったく人生で役にも立たない哲学ってなんのためにあるのが知りたい
そんなこと学ぶ時間があれば、プログラミングでも学んでいたほうが有意義じゃないですか?
それを考えてる時点で、もう哲学してない?
「役に立つ」の定義による
例えば働いて金を稼ぐといった分野においてはプログラミングのほうが役に立つけど、「いくら働いて金を稼いだところで最後にはみんな死ぬのに人生になんの意味があるのか」みたいな問題に対してプログラミングは無力
人間は変な進化をしてしまったので哲学と宗教はあったほうがいいよ
人間は変な進化をしてしまったので哲学と宗教はあったほうがいいよ
哲学以外の学問は【手段】でしかないから
哲学は解決すべき問題を見つけるもので、その他の学問は問題を解決するための手段です。
人はすぐ答えを知りたがりますが、本当に明らかにすべきものは【問い】です。『何がわからないのかを明確にする』それが哲学です。
『何のために○○をするのか?』これを考えずに生きていると、多分どこかで人生が行き詰まります。
人はすぐ答えを知りたがりますが、本当に明らかにすべきものは【問い】です。『何がわからないのかを明確にする』それが哲学です。
『何のために○○をするのか?』これを考えずに生きていると、多分どこかで人生が行き詰まります。
なんかおもろいし、人生を豊かにしてくれるから。
教養がある人ってステキに見えるし、人として深みがある。無駄に思えることも多いのかもしれないけど、学問ってそもそもそういうものじゃない?
多分どう役立っているのか知らないだけ
法学とかも根っこは哲学から出てきたよ
でもあなたがプログラミングを学ぶことはまったく自由だしそれが哲学より劣ってるとも思わない
でもあなたがプログラミングを学ぶことはまったく自由だしそれが哲学より劣ってるとも思わない
それを学ぼうとする人のため
ところで質問者は「まったく人生で役にも立たない哲学」という概念を特に説明なく使っていますが、この前提からすればそれが「有意義じゃない」ことは自明です
こういう論法は循環論法といって典型的な詭弁であることが知られています
このように詭弁とそれ以外とを区別できるようになるのは哲学の効用の一つといえます
こういう論法は循環論法といって典型的な詭弁であることが知られています
このように詭弁とそれ以外とを区別できるようになるのは哲学の効用の一つといえます
その問いは中島義道が「私は哲学病。」でギャグにして済んでる
文学が飢えたアフリカの子供に何ができるという問いに「文学は飢えた子供を即座に死に至らしめる」と答えた筒井康隆もいるから、有意義な学びのできない者に暇潰し以外の何もさせない効果はある。
プログラミングが有意義かは疑問だが、哲学は同じく論理学に根差してるから、かじれば頭の体操にはなるんじゃないか。
プログラミングが有意義かは疑問だが、哲学は同じく論理学に根差してるから、かじれば頭の体操にはなるんじゃないか。
色々な学問の必要性を考えるためとか
「この学問って本当に必要?」って哲学に限らず、どの学問に対しても言われることですが、そういった本当に必要なのか、何故必要なのか、を考えることも哲学の仕事の一部なんじゃないかなあと思います。
あと人間が「動物としての人間」ではない人間であるために必要なものだと思っています
あと人間が「動物としての人間」ではない人間であるために必要なものだと思っています
世間の役に立たない人間が存在しているみたいなもん
だれかいつかどこかで役に立つ可能性があるから
ゴッホも生前は絵がほとんど売れなかったそうです
「売れない絵を描いてなんの意味があるのプゲラ」と笑う人もいたでしょうが、現代では知らぬ人が居ないくらいの巨匠です
哲学もきっとそういうものです
「売れない絵を描いてなんの意味があるのプゲラ」と笑う人もいたでしょうが、現代では知らぬ人が居ないくらいの巨匠です
哲学もきっとそういうものです
その言い分は一度も使われずに廃車になる消防車を税金の無駄遣いと呼ぶのと同義
哲学は必要になってから学ぶんじゃ遅いんですよ。