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割と幸せな人が思いついた哲学かと思うとすごいなと思う
9幸せがあったとしても1つ不幸があったらダメで生まれてこないほうがよかったっていう考え方が私には思いつかない。ただ、死ぬことを肯定してる思想じゃないのに生にネガティブな人との親和性が高いのは私もそうだったからこそもっと読み込んでポジティブになってほしいと思う(私はニーチェの虚無主義とかが好き)
論理的ではあると思うけど人間の感情や本能には則してないと思う
生きたくない個人に適用するのはいいと思うけど全人類に対して適用するのは生物としての本能とか幸せに暮らしたい人の感情にはそぐわないものだと思う。
個人で完結するなら大賛成
生まれて来なければ良かった!って激しく思ったことは少ないけど、ほんのり辛い世界で生きていたってな〜という思想があるので、そんな所に新しく引きずり込むのも……と思う。ただ生みたくて生んでる人に攻撃するのは違うし、他人の子の不幸まで案じるのは完全にでしゃばり過ぎ。他人は他人。
反対の立場だけど優しい思想だとは思う
SNSだけ見てると低俗な主張が目に付きやすいですが、本質は生物が不幸にならない確実な方法を提示している思想の筈です。不幸な人生を送らない確実な保証がないなら、全ての出生をしない方が良いという諦観の上の未来への優しさを感じます。
ただ、今生きる人への視線や配慮が足りず、乱暴に感じるため否定的な立場です
ただ、今生きる人への視線や配慮が足りず、乱暴に感じるため否定的な立場です
方法や生き方には多様性がありそう
自分の子孫のみなら、主張せずに自分が子無しを貫くことができるし、そういう人もいる。
人類全体に広げるならば、「10億年後に太陽活動の影響で生物が滅びるのを待つ」「SDGsに反発して社会の破綻を早める」「子どもを産まない生き方を喧伝する」など、同じ結論でも、方法や生き方には多様性がありそう。
人類全体に広げるならば、「10億年後に太陽活動の影響で生物が滅びるのを待つ」「SDGsに反発して社会の破綻を早める」「子どもを産まない生き方を喧伝する」など、同じ結論でも、方法や生き方には多様性がありそう。
チャイルドフリーを推し進めた方が心理的に優しいしゆるやかな人類滅亡の手段として合理的だと思う
考え方はおもしろいけど生まれていない者から生まれてくるかどうか合意が取れない=生まない方がいい!私達は生まれていない子を尊重している!って意見を押し付けられるとそれはこれから生まれる可能性のある幸せの否定にも繋がるので、個人の判断で子を産むのをやめるという選択肢の提案の方が合理的だと思っている
他人に押し付けるべき思想ではない
正直に言うと共感できる部分はあります。でも子供を産みたくなければ産まなければいい話ですし、それを人に押し付ける意味が分かりません。子供を産む産まないは本人の自由です。他人の自由を侵害してまで押し通すべき主張はないと思います。
自分の気持ちとしては賛成
自分が生まれたくなかったという気持ちは社会の在り方次第で違っただろうなという落とし所を見つけたのであまりないが、自分が産んだ子供本人の不幸や惨禍を巻き起こした場合の責任が取れないという考え。具体的には、知的障害を持って生まれる、そのために性加害をしてしまうなど。家族に似たような例がある者です。
反出生主義になった経緯等もあるだろうしそういう考え方がダメ!だとは否定しないけど…
他人にまで攻撃するのはアウトだと思う。
(何で子ども作ったのか子どもが可哀想とかもっと酷い言葉で攻撃したりとか)
個人や仲間内で語るのは勝手にしたら良いと思います。
(何で子ども作ったのか子どもが可哀想とかもっと酷い言葉で攻撃したりとか)
個人や仲間内で語るのは勝手にしたら良いと思います。
「穏やかな絶滅」みたいなことをよく聞くけど
人手不足でインフラやサービスの質が保てなくなる可能性が高いし
それで生活水準が下がった不便な状態って全然穏やかではないのではと思ってる
それで生活水準が下がった不便な状態って全然穏やかではないのではと思ってる
思想の根底には「不平等と差別への絶大な不信」がある
差別も偏見もない、家庭的に充足した生を誰しもが選べるなら、否定されない。