なぜ作品の話を変える権利があると勘違いしている人が度々出てくるのかを教えて
読者にあるのは作品を変える権利じゃないとブリーチ作者が言ってるのをみて、じゃあなぜ勘違いしてる層がいるのか疑問に思いました。私が小説を書いてる時にもこういう展開がいいです、自分に合ってませんでしたってわざわざ言ってきた人いたんですよね。
ファンの意見で話が変わることは本当にあるから
アンケートやキャラの人気によってストーリーを変えるということは商業作品ならよくあること
感想や要望をこえて指示や命令になると良くないんだと思う
感想や要望をこえて指示や命令になると良くないんだと思う
結局「その作品が好き」ではなく「そのストーリーを辿っているキャラが好き」
だからそのリクエストが作者の好みに合わなかったら全部無視してノープロブレムだと思う
他人を変えるタイプだから
創作物に限らず人間関係において、ちょっと違うなと思った場合に自分が変わるんじゃなくて相手に要求することが常の人だからじゃないかな。
読者に権利があるかないかは考えてなくて、ただ上記のMY人間関係セオリーの延長でしかないのかも。
読者に権利があるかないかは考えてなくて、ただ上記のMY人間関係セオリーの延長でしかないのかも。
お客様は神様理論
こっちは読んで感想言って作品の評価上げてるんだからそっちはこっちが納得する面白い展開にしろ、みたいに勘違いしてる人だと思うんです。
作品が終わってから文句言う人のほうがちゃんと作品を大事に読んでいた分マシかも。
作品が終わってから文句言う人のほうがちゃんと作品を大事に読んでいた分マシかも。
「作者だけで考えて書いた作品はただの自慰行為で気持ち悪いから」
マジでこれ言ってる人がいて心の底からドン引きしましたが、でも要はそういう考えの人が「読者様」になるんだなぁとも……。
政治学に「退出・発言・忠誠ゲーム」という理論があります
これは国家の政策(徴税など)に対して国民は退出=国外退去、発言=抗議、忠誠=甘受のどれかを選べるという理論です
重要なのは国民の発言に対して国家は応答することも無視することもできるということです
ここで国家を作者、国民を読者に置き換えると作品に文句を言う読者の心理も理解できるのではないかと思います
重要なのは国民の発言に対して国家は応答することも無視することもできるということです
ここで国家を作者、国民を読者に置き換えると作品に文句を言う読者の心理も理解できるのではないかと思います
作品に期待しすぎた結果
おこがましいことに違いはないけど話を変える権利まであるとは考えてないんじゃないかな。
期待が高まりすぎた結果、理想の展開とのギャップを受け入れられずに行き場を失った気持ちを作者にぶつけてしまうのだと思う。
期待が高まりすぎた結果、理想の展開とのギャップを受け入れられずに行き場を失った気持ちを作者にぶつけてしまうのだと思う。
お金が絡むから
自分が疑問に思い「読者は積極的に発信した方がいい」派に聞いてみたところ納得できなくもない理由はお金だった。例えばお金を払って買った物が不良品だったら返金なりの対処をする。BL同人誌だったらA✖️Bを買ったはずなのにB✖️Aの逆カプだと、さすがに詐欺だろうと声を上げる
お金は作者への信用。→
お金は作者への信用。→
ファンの意見によって内容変える作者(出版社編集)がたまにいるから