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中山さんのマイページ
三田惣太郎『狐にホの字』
昭和初期を代表する流行歌手・三田惣太郎が初めて挑戦したコミックソング(1934年発売)。さえない月給取りが一目惚れした娘の正体を知るまでの経緯を、インド民謡風の旋律に載せてコミカルに歌い上げる。
斬新さの割にはあまりヒットせず、現在もCD化されていませんが、SP盤収集家の間では人気が高い一曲です。
斬新さの割にはあまりヒットせず、現在もCD化されていませんが、SP盤収集家の間では人気が高い一曲です。
利休鼠
緑がかった鼠色のことで、北原白秋作詞の『城ヶ島の雨』で知りました。地味だけどどこか上品で高尚な雰囲気を持った鼠色を表現するのに千利休の名前を付けたのはナイスだなと思います。
ワニの空涙
獲物を食べる時に涙を流すというワニの習性が元になっている言葉。これはあくまでも目の潤滑の為であり、獲物に心を痛めて泣いている訳ではないので、転じて無慈悲な人が悲報に対して同情するふりをするという意味で使われます。中国語を勉強している時に知った言葉ですが、調べたらヨーロッパにもあるようですね…
目の前で風船を割られた
3歳くらいの時。ショッピングセンターで何かの申込みをするというので母と2人で椅子に座ってたら、風船を持った他所の子供が自分の近くにやって来ていきなりそれを盛大にパーン!!と。
大人になった今でも風船が怖いです。
大人になった今でも風船が怖いです。
長屋が建ち並ぶ路地
生活の匂いが漂ってくるような、長屋がずらっと並んだ昔ながらの路地。ついでに街頭演歌師が奏でるヴァイオリンの音や住人同士の和気藹々とした交流、といった情景も一緒に妄想してしまいます。
たぶん昔見た絵葉書か古写真の影響かも。
たぶん昔見た絵葉書か古写真の影響かも。
猹
魯迅が、小説『故郷』の中に登場するアナグマに似た架空の動物に当てた漢字です。
今も使われているかどうかは微妙な所ですが、発明者が分かっている漢字と聞いて真っ先にこれを思いつきました…
今も使われているかどうかは微妙な所ですが、発明者が分かっている漢字と聞いて真っ先にこれを思いつきました…
オクシデント西壱・洋壱
昭和7年に結成。関西に拠点を置くレコード会社・オクシデント音譜商會の専属漫才師。アチャコ・エンタツの影響を受けた背広姿に、鼓(西壱)と三味線(洋壱)で舶来音楽を演奏しながら都々逸を披露する「モダン都々逸」などの音曲を中心とした和洋折衷スタイルが特徴で、洋行帰りや新し物好きの若者の間でブームとなった。
工芸専攻→中国語講師
絵が普通の人より描けるという理由でなんとなく美大に進学しました。最初は勿論、それ系の仕事につきたいなという思いはあったのですが、(工芸を専攻したのは、一番受かりやすいからという不純な動機から)そんな中、第二外国語の講義で中国語に出会い、作品制作そっちのけで中国語に夢中になってしまった結果がこれです。
中国語
元々漢字に興味があったので迷わず中国語を選択。発音が難しいとよく言われますが、ポイントさえ押さえれば英語より易しいかなと思いました。初級文法も例外や時制による語形変化もないので取っ付きやすいです。私は想像以上にハマってしまい大学卒業後に中国語の専門学校に入り直すまでに至りました。
たけしの本当は怖い家庭の医学
再現VTRがやけにリアルだし、最後には結局死んでしまう結末の回が多かったので、子供が見るには中々キツかったです。親に無理矢理見せられて凄く嫌でした。
永谷祐
LINEの怪しい中国人業者に教えた偽名。ふとした好奇心から中国語でお喋りしたい(!?)と思い、いざコンタクトしてみたらいきなり本名を聞かれたので、本名を適当にもじった名前を教えてやりました。
今思えばヤバい事ですが、そこそこ仲良くなれたので楽しかったです。
今思えばヤバい事ですが、そこそこ仲良くなれたので楽しかったです。
霊波之光
6年前、知り合いに突然「楽しいところ知ってるから遊びに行こうよ」と誘われ、辿り着いたのがここの施設。3時間程閉じ込められ、信者や幹部の人達から延々と胡散臭い話を聞かされたり体験談的なビデオを見せられたりしました。
勿論、この知り合いとは既に縁を切っています。
何が楽しいところだ。
勿論、この知り合いとは既に縁を切っています。
何が楽しいところだ。
『美しき天然』はチンドン屋の定番曲、『森の娘』は松井須磨子が戯曲「沈鐘」の中で歌った劇中歌、『浪花小唄』は佐々紅華作曲のモダンな流行歌です。
一曲ずつ語ると文字数が全然足りないので、簡単な紹介程度にしておきます…