シン・電脳チャイナパトロールの内容を教えて
超大作アニメ劇場版の制作期間だと思えば、2年は短いと思いませんか?
つい、で電脳をハックするなよ、と夏偉はむっとした。今の次代、電脳を直接ネットに繋ぐのは危険だ。
簡単に侵入されうるからだ。
サングラスは、便利なウェアラブル(この言葉は電脳時代にはむしろ、自分の体から取り外しが可能なことをポジティブに評価して用いられる)端末であると同時に、電脳とネットの間に入る、検問の役割を果たしている。サングラスをオフラインにすれば、電脳へのハックも同時に防げるのだ。
サングラスは、便利なウェアラブル(この言葉は電脳時代にはむしろ、自分の体から取り外しが可能なことをポジティブに評価して用いられる)端末であると同時に、電脳とネットの間に入る、検問の役割を果たしている。サングラスをオフラインにすれば、電脳へのハックも同時に防げるのだ。
「よう、久しぶりだな。夏偉。ちゃんとサングラスはオフラインにしてあるか?」
「勿論だ。お前のような手癖の悪い奴に、僕の電脳にまで侵入されるのは御免だからな」
「悪かったって。そう怒るなよ」
口を尖らせ肩をすくめる電脳チャイナパトロールの姿は、二年前とそれほど変わらない。少しやせたかも知れないが、それだけだ。
「だってお前は、自然脳を残してるだろ? それが嬉しくって、ついな」
「悪かったって。そう怒るなよ」
口を尖らせ肩をすくめる電脳チャイナパトロールの姿は、二年前とそれほど変わらない。少しやせたかも知れないが、それだけだ。
「だってお前は、自然脳を残してるだろ? それが嬉しくって、ついな」
そして、電脳チャイナパトロールの正体もまた謎に包まれている。
カトウという日本人だという噂を信じる者は多いが、夏偉に言わせれば彼らはコミックの読みすぎだった。確かに『からくりサーカス』は名作だ。しかしあれはフィクションだ。少なくとも夏偉の知る電脳チャイナパトロールは、あのカトウほどのタフガイではない。カトウという名は彼には似合わないというのが夏偉の考えだった。
仕事を早々に切り上げ、王夏偉(ワンシアウェイ)は約束の場所へ向かった。
指定された路地裏に人影はない。家屋から洩れる明かりも少なく、辺りは薄暗い。表通りの喧騒が聞こえるのが、かえってこの場所の寂しさを浮き彫りにしていた。電脳チャイナパトロールは待ち合わせ場所にいつも、こういううらぶれた場所と時間を選ぶ。彼はかつて、薄暗い闇に包まれた所が好きだと夏偉にこぼしたことがある。
彼が息子にサングラス―"Smart Artificial Neural Networking"
Glasses―を買い与えたのは半年前だ。
もうすぐ小学校を卒業する文文は恐ろしく飲み込みが早かった。この半年でサングラスのあらゆる機能をマスターし、今では夏偉より遥かに巧みに使いこなしている。セキュリティの甘い父のサングラス画面のハッキングなど、文文には朝飯前に違いない。ただし、それは違法行為だ。
もうすぐ小学校を卒業する文文は恐ろしく飲み込みが早かった。この半年でサングラスのあらゆる機能をマスターし、今では夏偉より遥かに巧みに使いこなしている。セキュリティの甘い父のサングラス画面のハッキングなど、文文には朝飯前に違いない。ただし、それは違法行為だ。
父親ならこういうとき、息子の度を過ぎたいたずらをたしなめるべきなのだろう。
それが分かっていながらも夏偉の頬は緩んでしまう。夏偉の胸中では、父としての使命感より、息子の聡明さを誇らしく思う気持ちの方が勝っていた。
ただ、一つだけ気になることもあった。
彼は学校にいるはずの息子に電脳内でメッセージを打った。
ただ、一つだけ気になることもあった。
彼は学校にいるはずの息子に電脳内でメッセージを打った。
「電脳チャイナパトロールなんて名前、よく知っていたな」
すぐに視界右上に反応があった。驚くべきことに、それは夏偉がメッセージを息子に向けて送信するより早かった。
『お前の息子が俺の事なんか知るわけないだろう』
夏偉はぎょっとした。メッセージはまだ送っていない。文文がサングラスのみならず自分の電脳までをも覗き見て、送信前のメッセージを読んでいることもありえなくはない。しかし流石の夏偉の親馬鹿も、自分の息子がサングラス一台で電脳をハッキングするなんて離れ業をやってのける天才だと信じるほどに重症ではなかった。
つまり、今夏偉のサングラスをハッキングしているのは、彼の息子ではない何者かだということになる。
そしてそいつは、自らが電脳チャイナパトロールであると主張している! だが、そんなことはありえない。
二年前、マインドシティはある噂で持ちきりだった。『電脳チャイナパトロールが死んだ』。そして、その後確かに、電脳チャイナパトロールとは連絡が途絶えた。彼は夏偉の得意先の一つだった。
二年前、マインドシティはある噂で持ちきりだった。『電脳チャイナパトロールが死んだ』。そして、その後確かに、電脳チャイナパトロールとは連絡が途絶えた。彼は夏偉の得意先の一つだった。
『今夜、いつもの路地で待つ』
いつもの路地。夏偉のサングラス上にちかちかと明滅するテキストは、夏偉を呼び出した凄腕電脳ハッカーの正体がまぎれもなく彼であることを、無機質に物語っていた。
『你好、这是電脳中華遊徒(どうも、電脳チャイナパトロールです)』
仕事中、視界の右上にとつぜん登場した簡体字に、王夏偉(ワン・シアウェイ)はやれやれと笑った。いつもの文文(ウェンウェン)のいたずらだと思ったからだ。
「どうしたんですか、王主任」 振り向くと、紙束を抱えた部下が心配そうにして立っていた。
「死人でも見たような顔をして」
それに近いと夏偉は思ったが、口には出さなかった。
「別に。それは僕が見るべき書類か?」
「ええ、お願いします」
夏偉の背中は汗でびっしょりだった。しかし一流のビジネスマンである彼は、汗で透けたシャツの背を、決して部下に見せなかった。夏偉の視界の右上がまた瞬いた。
それに近いと夏偉は思ったが、口には出さなかった。
「別に。それは僕が見るべき書類か?」
「ええ、お願いします」
夏偉の背中は汗でびっしょりだった。しかし一流のビジネスマンである彼は、汗で透けたシャツの背を、決して部下に見せなかった。夏偉の視界の右上がまた瞬いた。
電脳化した人間の多くは、自然脳に備わっていた機能の全てを、電脳にまかなわせている。
夏偉は自然脳を半分残している、今では珍しいタイプだった。
「嬉しい? 僕を馬鹿にしているのか、時代遅れの人間だと」
「まさか。俺も自然脳、けっこう残しているんだぜ。だから今も、こうしてなんとか復活できたってわけ」