歎異抄講話を読んだ時
宗教の【信心】や【信仰】を、人間の【道徳心】や【関心】で理解しようとすると、それは本来の宗教とかけ離れた認識をしてしまう。
神仏は善悪を超越している(から全てを救済出来る)のに、そこに人間の善悪のルールを持ち込むと矛盾が生じ、改変され政治的に利用されてしまう。
という事を知った時