「推しは推せる時に推せ」という言葉、正直好きか嫌いかをアゲて
今やオタクのスローガンのごとくいろんな人がこの言葉を使っていますが、正直好きですか?嫌いですか?できれば理由も併せて知りたいです。
ちなみに私は他人の推し方にケチをつけてる感じがあって嫌いです。というか「推せる時」ってのがよく分からない...
ちなみに私は他人の推し方にケチをつけてる感じがあって嫌いです。というか「推せる時」ってのがよく分からない...
スローガンのように使う言葉ではないかなと。
推しの引退後にも推し活はできるのですが、引退して初めて「リアルタイムでしかできない推し活」に気づかされ後悔をした者が、同じような後悔をしない為にこの言葉を使い始め、それに共感する者が多かった為に広まった言葉だと思っています。
あくまで共感が前提の言葉なので、他人に説くような形で使う言葉ではないはず。
あくまで共感が前提の言葉なので、他人に説くような形で使う言葉ではないはず。
好きは好き
「命令形で人に強いるような言い方が苦手」という声はとてもよく分かりますし、私も少し言葉が強い印象は受けます。ただ「自分にとって後悔のない推し方をし続けたい」という自戒の意味ではとても大切にしています。人に言う為の物というよりも自分の中で大切にしたい言葉として好きです。
好き…なのかな?
自分の戒めとしての言葉じゃないですかね
推してる対象が活動者さんだったら
相手も生きてるわけですし、どうなるかわからないじゃないですか
いつか辞めてしまったりいなくなってしまったり
何が起きてもいいように、心構えを持つというか…
今を全力で推し活していこうというか…
そんな言葉だと自分は思ってます
推してる対象が活動者さんだったら
相手も生きてるわけですし、どうなるかわからないじゃないですか
いつか辞めてしまったりいなくなってしまったり
何が起きてもいいように、心構えを持つというか…
今を全力で推し活していこうというか…
そんな言葉だと自分は思ってます
嫌い
「いついなくなるか分からない」とかって言い分は分かるけど、誰がどういうペースでどんな形で推そうがそいつの勝手だろ、と思う
あとこのワード「金を積極的に落とせ」みたいな意味合いも暗に込められてるのがちょっと宗教じみててそこも無理
あとこのワード「金を積極的に落とせ」みたいな意味合いも暗に込められてるのがちょっと宗教じみててそこも無理
好き寄り
好き嫌いというよりわりと真実だと思うのでどっちか決めてと言われれば好き
辞めても推しは推しだし好きでいつづけるとはいえ、推しが現役で活動してる時にしか味わえない幸せってあると思う
辞めても推しは推しだし好きでいつづけるとはいえ、推しが現役で活動してる時にしか味わえない幸せってあると思う
気持ちは分かるがわざわざ声高に言わなくてもいい
年齢いくと推しが活動停止したり自分が仕事やら体調不良やらこんなご時世やらでライブ行くのもままならなくなったり色々あるので、言った人の気持ちはよく分かる。ただ周囲に押しつけないでくれと思う。
嫌い!!!
推してたよ!!健やかなる時も病める時も推しのことを推していたよ!!そりゃ熱量はその時々だけど、その時の自分に出来る全力で推していたよ!今僕たちが抱えてる後悔らしきものは「もっと推しておけばよかった」じゃなくて「もっと推したかった」「もっと推させてほしかった」なんだよ!!!!!!
嫌いではない
存在する人間を推している以上いつかいなくなってしまうので、「次の機会に」と渋らないで命を燃やそうな…!くらいの感じだと思ってます。