ブット=バ=スゾー(1542~1579)のエピソードを教えて
落ち着きたまえ。まずは(拳で)話し合おうではないか。
胎児の頃から母親の胎内で殴る蹴るの大暴れをしていた
ブットの母・サラ=スゾーは当時を振り返り、赤ん坊の頃からブットはブットだったと赤裸々に語っている。
スペインによるフィリピン占領に立ち向かった英雄
時は大航海時代、マニラで最も剛腕な漢としてスペインのコンキスタドール(征服者)にフィリピン流のもてなしを施した。
死因は拳の傷の化膿
戦乱中、自身の得物を失くしてからも己の拳で敵兵を殴り、戦場に留まった。血塗れになりながら殴り続けるブットの姿は敵陣を震撼させ、”死神の鉄槌”と渾名された。
彼の武勲を称え、スゾー家の家紋は赤い拳を象ったものに替えられたという。
彼の武勲を称え、スゾー家の家紋は赤い拳を象ったものに替えられたという。
兄弟であるケット=バ=スゾーとは犬猿の仲だった